ライナスといもり

ライナスといもり

 ライナスは妙なやつで、シルはいちいち彼の言動に感心したり、驚いたりしていた。彼の語る古代の物語群はシルの知識の範疇にないことばかりだったし、また島に生きる一匹の猫としても、ライナスは多くの知恵を与えてくれた。
 彼はいつも物静かだった。その体に厳粛な気配を纏っていた。無駄が徹底的にそぎ落とされたような彼の動きや立ちふるまいは、確かに機械らしいといえば機械らしく、現在のシルの態度や言葉遣いも、そんな彼の影響が大きいといっても差し支えないだろう。ただ、完全に機械仕掛けのはずのライナスの細やかな言動のうちには、たまに恐ろしいほどに感情的な、生々しい部分が現れていた。シルは、彼のその部分に特に惹かれた。
 確か、出会って一年目の、冬を越す前のことだった。
 シルとライナスが出会ってから、二匹は一緒に行動することが多くなった。シルは多くのことをこの機械仕掛けの猫から学んだ。RCシステムを積んでいるので食料補給は一切必要ないくせに、ライナスは狩りの手段をシル以上に心得ていた。どうしてそんなことを知っているの、とシルは尋ねたが、ぼくにもよく分からない、とライナスは答えた。産み出された初期段階から基礎行動パターンとして組み込まれたものなのだという。かつて行動を共にしていた仲間も狩りを知っていたという。生身の猫のための狩りを。シルは疑問に感じた。どうしてなんだろう。
 そのいもりたちを最初に見つけたのはシルだった。二匹の寝床であるヴェルナーの廃墟の出入り口付近に、クレーンの首の広場と呼ばれる空間があった。積み重なって一体化したがらくたの壁の中に、錆びついたクレーンの巨大な首が埋まっているのがその名の由来だった。背格好のよく似た三匹の子いもりは固まって、日の当たるコンクリート床の上に座っていた。シルは振動を立てないように慎重に接近して、三匹の獲物を観察した。こういった子供のいもりは、たまに妙なところに迷いこんでくることがある。
「さあ、同時にいくよ。シル」
 ライナスが回り込んで、挟み撃ちにした。三匹の子いもりは簡単に捕まって、その日の分のシルの食料になった。
 その、二日後の夕方だったと思う。クレーンの首の広場に、またいもりが入ってきていた。今度は大きい奴が一匹で、広場の中央辺りに座っている。
 その時もシルとライナスは一緒に行動していて、共にそのいもりを見つけた。
 声を抑えて、ライナスはシルに告げた。
「珍しいな。成体の雌だ。普段はここには来ない」
 そして、一呼吸おいてから、
「きっと、この前のいもりたちの、母親だと思う」
 と、彼は言った。
「あの、三匹の? いもりは、そんなこと考えられるの」
「できるよ。卵島のいもりは賢いからね」
「そっか」
「うん」
 話しながらも、二匹はじわじわと、母いもりへの接近を続けている。いもりはシルたちの気配に気付いていないらしく、あらぬ方向に首を巡らせている。
 いもりを見ながら、ライナスは言葉を続けた。それはまるで独り言のようにも聞こえた。
「普段はこんなエリアには来ないんだけど。子供たちが帰らないんだろうね。だから、心配している。そして今日、においを追ってやってきた」
「そっか」
「うん」
 手慣れたものだった。頷いた直後、実に素早く無駄のない動きで、ライナスは母いもりの頭を噛み砕いた。ライナスの口にくわえられたいもりは、もう一切動かなかった。
 死骸を床においてから、今のシーズンは食料が少ないからね、とライナスは言った。小さな、か細い声で、もう冬が近づいているから、と続けた。シルはぎくりとした。シルの見るかぎり、ライナスは、このいもりの母子をかわいそうに思っているようだった。
 ……機械仕掛けのくせに、たまに妙に感傷的になる。見かけより遥かに戦闘ロボットに近い存在のくせに、生身の猫よりも猫らしい。流石に天の眷属と呼ばれる者たちの末裔だけはある、と、シルは妙に感心した。
 そして、ライナスの口に再びくわえられた比較的大きな死骸をもう一度観て、シルは、少し妙な血流が、自らの心臓辺りにめぐっているのを感じた。奇妙なめぐりは、何故かその日の夜に劇的に高まって、シルにヴェルナーの廃墟の暗い奥底で、ひたすらに嘔吐を続けさせる手伝いをした。

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