しずむ

「あーしんどい」
 夏の晴れの昼間である。今日の予想最高気温は36度。この人気のない公園とて、その脅威の例外ではない。
 肌に悪そうな陽光の下で。
 年季の入ったベンチに私と先輩は座って、人を待っている。
 蝉が鳴いている。
「しんどい」
 目の前の蒸し暑い空気に向けて、先輩はその言葉をぼやく。
 さっきコンビニで買ってきた棒アイスを少し舐めては、ぼやくのだった。
「あーしんどい」
「暑いからですか?」
 まるで、聞こえていないように思えた。
 だが一呼吸のち、私の何気ない問いに対して、先輩は気だるげな声音で応対した。
「まあ、暑いのもあるな。しんどいのは。……でもそれだけじゃないな。分かるだろうが」
「はい。私も分かっていると思います」
 私は腕時計を見やる。文字盤のカバーが陽光を照り返していた。
 針は午後二時四十三分を差している。
 隣の先輩は私を見ずに、誰もいない前方の公園の風景に向けて、言った。
「しんどいのは、我々があいつを待っているという、この状況そのものだ」
 棒アイスを舐めて、また「しんどい」とつぶやいて、先輩は何気ない仕草で、もう半分になった水色のアイスを睨んで。
 蝉の鳴き声の中で。
「あいつは来るのか、そもそも。……来ても、嫌だな」
 と、ぼやいた。
「でも、私たちは待っています」
「そりゃあ、約束だからな。こっちとしても、会いたいし。……ん、いや」
 先輩がアイスを舐める。
 蝉の鳴き声。
「どうなんだろう」
 僅かな風もない日だった。
 私たちの座るこのベンチは、ひたすらに陽当りが良い場所に設置されていた。周りに陰になるものがないのだ。
 どうして、こんな場所で待ち合わせしてしまったのだろう。
 私は鞄から水のボトルを取り出して、温い中身を口に含んで、飲み込んだ。温い水の味がした。
「しんどいなあ」
 先輩は、背中をぐいっと反らせて、やはり独り言のように言った。
「あいつと会うのも、話すのも辛い。正直、会いたくないし、話を聞きたくもない」
 でも会わないといけないですよ、と私は思った。しかしそれを言うのは私の役目ではないので、黙っていた。
 先輩も、しばらく黙っていた。アイスを舐めながら。
 肌に悪そうな陽光の下で。
 年季の入ったベンチに私と先輩は座って、人を待っている。
 蝉が鳴いている。
「いや、それも違うのか」
 僅かにクリームを残すのみとなったアイスの棒を舐めながら。
 隣に座っている先輩は、言った。
「辛くなくなっていくのが、辛いんだ」

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