携帯電話の着信メロディを、好きなドラマの主人公のそれと同じ曲にしてみよう、と思い、いややっぱりやめよう、と抑えて、その繰り返しが、もう二年くらいになるのだろうか。

 堂々巡りの最大の問題は、堂々巡りしていることそのものではなく、そのついでに時間が経ち過ぎてしまうという側面にあるように、思う。
 私のツイッターのアイコンを骸骨(どくろ)にしているのだけれども、きっと現実においても、骨だけに、リン酸カルシウムの塊だけになってしまうのも、さほど未来のことではあるまい。くだらない堂々巡りは、それに近付く確かな一歩だった。
 ちゃんと生きていかなければならない、と思った。

 自分が弱い人間であることを、弱いことを、血が滲んで溢れおちるほどに、再認識する必要があった。
 幸いにも、その機会には恵まれていたので、ほっ、と息をついたりする。
 ――ため息との区別が、自分でもあまりつかなかったりするけれど。

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