その美しく壮大なクリスマス・ツリーは、このとても、とても冷える夜の中で

その美しく壮大なクリスマス・ツリーは、このとても、とても冷える夜の中で

062

 

 ――夜闇の中。モール前の公園の中央に、美しく壮大なクリスマス・ツリーが、高く高く、そびえ立っている。光芒に惹かれ集まるのは、つがいの蛾たち。
 君と僕は、そのつがいのひとつ。

    ◆

 君は、小さな歓声を漏らした。
 吐息の白が、夜の影に消えてゆくのを、僕は確かに見とめた。

 そのクリスマス・ツリーは、「美しく壮大なもの」と口々に呼ばれる有名なものだそうだけれど、僕は直感的にあまりそう感じなかったので、少し残念に思ったりもした。
 形状は円錐型で、もみの木を模したもの。床からの高さは二十七メートル四一センチ、最大幅は直径九メートル五七センチ。
 ほぼ全面を覆うリダクト・ライト群が、今も波打つように、派手すぎない程度に、その光の色彩を様々に変容させてゆき――見る者たちを決して飽きさせない。
 ツリーのリダクト・ライトには、僕も目を見張るものがあった。近づくほどにわかった。とにかく数が多く高密度で、その発光動作パターンも繊細なのだ。
 実は、完全にある指数関数に沿う形で、このツリーの設計者たちはその数と密度を一年ごとに上昇させているらしい。
 リダクト・ライトという新式照明とその活用分野における近年の進歩は著しく、本来の技術発展から鑑みれば、もっと総数を増加させて密度を高めることも可能だという。しかし、あえてその関数に合わせた上昇速度で、このツリーに飾られる毎年のライトの数は決定される。
 何はともあれ、僕たちの眼前にあるこのクリスマス・ツリーは、年をめぐるごとに、どんどん装飾のリダクト・ライトが微細になり、美しくなるのだ。
 この辺りについての説明は、実はツリーの足元の目立たないパネルに、より簡潔でわかりやすい形で、しかしその長期的技術観測実験としてのニュアンスを削ぐような記述で掲載されていたりする。
 その説明には書かれていないのだが――野暮だから、なのだろうか――このクリスマス・ツリーの設計は、認知心理学や行動論も応用している。一般的・平均的な人間という観測主体が、どのようなツリーを認識すれば「美しく壮大だ」ともっとも本能的に感じるか、という課題を目指して。ツリー全体の適切なサイズはどの程度なのか、リダクト・ライトの色彩とその組み合わせと総体的な変色パターンは。もちろん、観測者の周辺環境との相乗効果も見逃してはならない要素だ。このプロジェクトに毎年心血を捧げる制作者たちによって、それらは徹底的に計算され、設計されたものなのだそうだ。
 ……という僕の話も、実は全部受け売りで、ツリー制作者たちへのロングインタビュー記事に書かれているのを、おととい読んだばかりだったりする。

「綺麗だね」
 と、君はその丸い瞳で、隣の僕を上目遣いに、囁くように言った。ベージュ色の厚手のマフラーに、口元までを埋めている。
 とても冷える夜だった。
 僕は、君にその動作があえて見えるように、だが不自然にはならない程度に、やや重々しく頷きながら、
 それはそうだろうな、などと冷静に思った。
 この美しく壮大なクリスマス・ツリーは、一般的・平均的とされる人間がその視覚を含む感覚器官によって受け入れる情報を、「綺麗だね」と感じるように最適化された、その果ての存在なのだから。
 ともあれ、幸運だった。
 ――豊富な知識を有していて、また頭がとても切れて、そして考える余裕のある人たちが、あたたかい義務感と、乾いた正義感と、他の何かしらの動機からか、
 君が、「綺麗だね」、と感じるように、うまく作ってくれたのだから。
 彼ら・彼女らの目論見は、たった今、君の頭蓋骨の中で、成功が確約されつつあるなあ、などと、僕は思ったりもした。
 風のない夜闇に、光芒の波がおどる。
 ツリーの周囲は、僕たちみたいな連中が大勢いた。
 家族連れもいたが、基本的には恋人のペアたちだった。衣装や細かい外観はもちろん異なるけれど、各々の行動パターンは、まるでライン上の工業製品のように同じだった。綺羅びやかで雄大なクリスマス・ツリーを前にして、その素晴らしさを、彼ら・彼女らは静かに褒め合い、身を寄せ合うのだった。それに並行する形で、各人がパートナーに抱える愛情なる概念を、隠喩的だったり詩的だったりする表現で囁いたり、あるいは肉体的行為に還元したりもしていた。

 君の横顔は、美しく壮大なクリスマス・ツリーを、陶然とした表情で眺めていた。
 来た甲斐があった。
 その一方で、僕は、お腹が空いてきたなあ、などと呑気なことを思ったりもしていた。なにか、温かいものが食べたい。昼食は多くはなかったから、そう、『グレインズ』の厚いピザとかがいいな。
 ――と、その時、ツリー設計者のインタビューの内容が、再び脳裏に蘇った。
 ああ、そうだった。
 僕らの前にそびえ立っているのは、単なる、「美しく壮大だと感じさせるために設計されたクリスマス・ツリー」ではないんだ。
 近年の、麗しい技術進歩のひとつ。
 ツリーに飾り付けられたリダクト・ライトの集合体は、その総体的変色パターンは、視覚的認識を行った観測者たちの深層心理に溶け込んで、一種の「ガイダンス」を実行する。
 その目的は、隣接するショッピング・モールの店舗群における購買活動を促すことだった。
 この構造設計までがツリーの設計者たちの仕事であり、ある側面においては、もっとも重要なこのツリーの使命でもあった。
 『グレインズ・プレインズ』の温かいピザが食べたい――などと思っている、自分自身に少しだけ、どきりとした。
 ちょうど、その軽食チェーン店は、モールの中ほどに店を構えていたから。
 無意識下の欲求誘導。
 今では別に、珍しいことでも、ないけれど。

    ◆

 ――とても信じられないことだが、かつて、人々の自由意志や選択こそがこの世界の根底であると信じられた時代があったらしい。
 言うまでもないけれど、現代においては、社会の滞りない循環と維持こそがその最大目的だ。その原則において科学技術が支える産業市場が成立し、商品たちがそれを媒介して、それを消費するために僕たちの肉体や生命が存在する。
 そして、最後にその下に置かれているのが、どうやら僕たちに付属しているらしい、意識とか意欲とか、あるいは魂とかとも呼ばれたりする、神経器官の機能――どうでもいい代物だったりする。

    ◆

 ふと、君の横顔をふたたび見やる。
 君は、クリスマス・ツリーの、ひどく幻想的な、計算し尽くされた色彩の波を見つめている。変わらない笑顔で。
 ――僕たちは、幸せに生きてさえいればいいんだよ。
 結局のところ、精神なんて、本能に支えられた、操作も誘導も切断も易しく可能な、大したものじゃあ、ないんだから。
 その観点から鑑みれば――君と僕の前に立つこの輝かしいクリスマス・ツリーは、まさに時代の寵児と言えた。衆目を集め、またその感嘆と畏敬の視線にも相応しい、この世界の象徴と呼べる存在なのかもしれない。

 そんな、まさにどうでもいいことをなぞっていた僕の思考を、意地悪に覗きこむように。
 君は、僕の上着の袖口を掴んで、
「――なにか、食べようか? 中に行って、買い物する?」
 と、告げた。
 いつもの、屈託のない、やわらかな微笑みを浮かべながら。
 僕は、なるべく君に優しい態度として認知されるように、ゆっくりとうなずいて。
 ――モールの外殻部に位置する店の、『パープル・クランチ・アンド・ドーナツ』のセットかな、などと、考えを巡らせた。あれは、君の好物だからね。それとも君は、『サーキュレイション』で、温かいスープでも摂りたいのだろうか。僕は『グレインズ』がいいけれど。
 食べた後は、新しい外套を一緒に買ったりしようか。ちょっと奮発しても、いいよね。
 今日は、とても冷える夜だから。

    ◆

 ――夜闇の中。モール前の公園の中央に、美しく壮大なクリスマス・ツリーが、高く高く、そびえ立っている。光芒に惹かれ集まるのは、つがいの蛾たち。
 君と僕は、そのつがいのひとつ。

    ◆

 二十時を告げる、巧妙なデジタル合成の鐘の音とともに。
 ふと、細やかな雪が、ツリーの周囲一体に、降りだした。
 今日は、クリスマス・イヴの夜で、この公園は北半球に位置していて、クリスマス・シーズンは真冬にあたるから、今は冬の夜だから。
 僕たちは、ふたたび、クリスマス・ツリーを仰ぐ。
 君が僕に向けて、何かを言って、微笑んで、
 僕も、何かを告げて、笑みを返した。

 接触した物体を過度には濡らさず、
 しかし本能的に違和感のない程度に調整された、雪の舞う夜の中で、

 ――君と僕は、ささやかなくちづけを交わした。

 今夜は、とても冷える夜だから。
 この血と肉のすべてに滲み渡って、もう二度と、永遠に失せることのないような、とても、とても冷える夜だから。

 【完】

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